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だれもしなない話がいいな2015-01-30(Fri)

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弟の部屋。
2015年1月29日私の弟が死んだ。
もともとうつ病だった。
大学も休みがちだった。
最近テスト勉強をがんばっていて、いつもは私と同じように部屋に閉じこもり気味だったのだけど
1階のリビングで勉強していた。
それをみて調子が出てきたのかなと前向きな印象を受けていた矢先のことでした。
人生で一番泣いたし一番悲しい出来事だ。
私は正直うつ病の弟とどういうふうに関わっていいかわからなかった。
消極的な対応を貫いてきた。といっても仲が悪いわけではなく、顔を合わせれば挨拶もするし、会話もあった。
非常に申し訳無かったと思っている。いくら謝ったり後悔したところでどうにもならないのだけど何度も何度もくりかえしている。もっと話をすればよかった。チャンスはいくらでもあった骨折して暇だったから時間はたくさんあった。弟と一番コミュニケーションをとることができたのは私だった。
でも、弟と関わろうとしなかった。避けてきた。顔を合わすのは朝すれ違う程度にと母を交えての夕食の時間だった。
家にいるのが私ではなく兄だったら弟は死ななかったのではないか。
とどうしても思ってしまう。
正月に兄が仕事に戻るときに母親と弟のことをよろしく頼むと言われた。
責任を果たせなかった。情けない。
I泉くんには弟のことを話題にしたことがあったので電話した。
その時心に残ったのは
今までしてきた選択、これからする選択すべて正しかったと思え
だ。私のした選択がすべて正しかったとは全く思えないが救いになった。

悩みがあったのなら打ち明けて欲しかったと強く思うが、それをさせなかったのは私の消極的な態度に原因があったと思う。
今でも弟が死んだのは夢のようで実感が無い。
ドラマや映画の中を生きている気がする。
昨日の朝母のわめき声で目が覚めた。
弟の名前を何度も呼んでいた。
思い出してはこみ上げてきて思い出してはこみあげる。

2つよかったと思えることがあって、一つ目は死に顔が安らかだったことだ。
生きていて苦しかったと思うなんとかもう少しでいいから長生きして欲しかったが苦々しい顔をしてなくて兄として安心したというか嬉しかったというかなんとも言えないきもちになった。
2つ目は弟にたくさんいい友達がいたことだ。
中学生時代の友人との関係が切れていないため、生前彼らの名前をよく耳にしたし連絡事項や人集め受付など葬儀関係のこともお願いできた。
弟のことを支えてくれて深く感謝している。
頼りにならない情けない兄でしたが最後に一曲捧げます。
雄大。安らかに眠ってください。救ってあげられなくてごめんなさい。ごめんなさい。いつかゆるしてください。さようなら。
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